「それ穿った見方だね」と言ったら、実は褒め言葉だったと知った話
知人が話していた鋭い分析を聞いて、こう言った。
「それ、ちょっと穿った見方だね」
ひねくれた、意地悪な見方、というニュアンスで使ったつもりだった。すると息子が、また静かに口を挟んできた。
「それ、実は褒め言葉だと思う」
「え、そうなの?」
「穿った見方って、物事の本質を的確に突いた見方、っていう意味だから。ひねくれてるっていう意味じゃないはずだよ」
「穿った見方」の本当の意味
正しくは、こういう意味になる。
- 穿った見方:物事の本質を的確に、鋭く突いた見方。「穿つ」は「穴を開ける、深く掘り下げる」という意味
- 「ひねくれた見方」「意地悪な見方」という意味で使うのは、本来は誤用
つまり本来は、鋭い洞察力を褒める言葉として使うのが正しい。
なぜ否定的な意味だと思われがちなのか
「穿つ」という字や響きが、なんとなく「つつく」「あら探しをする」イメージに結びつきやすいのだと思う。否定的な意味で使う人の方が、今では多数派になっているらしい。
離れて暮らすからこそ気づくこと
褒めているつもりが、否定しているつもりで受け取られる、あるいはその逆。言葉の意味のズレは、思っている以上に会話をすれ違わせる。
息子の留学が始まってから、こういう小さな「知らなかった」の連続だった。同じように子どもの留学を考えているご家庭の相談に、今はDoor to Worldで乗っている。